エビデンスGolf~「感覚ゴルフ」から「スポーツ科学的ゴルフ」の時代へ Vol.2


【著者】鈴木タケル(日本プロゴルフ協会会員)、
    一川大輔 (東洋大学 理工学部生体医工学科)
【監修】坂井昭彦(The 蔵ssic)
●テーマ:学習曲線 -なぜ練習をしているのにゴルフが下手になる感じがする?-
「動作イメージは実際より常に上回る」



「練習をすればするほど下手になる」「いつまでたっても上手くならない」自身を謙遜する意味でのなかば、挨拶にもなっている言葉。一生懸命練習している人ほど一度はこのような心境に陥ったことがあるのではないでしょうか?競技としてゴルフをプレーする人であれば、上手く行かないことに自分を責め、モチベーションの低下を招くこともあるでしょう。 また、エンジョイゴルファーであっても自分の不甲斐なさに心を痛める人は少なくありません。ではなぜ必要以上にそのように感じてしまうのか?この問題について、一度ゴルフから離れ、ゴルフのスイングもアプローチもパッティングも一つの「動作」として捉えて「動作学」としての観点から説明していきます。


スポーツに関連する運動に限らず、日常生活に必要な運動にも運動学習プロセスがあります。つまり、ある動作を身につけようとすると一定の学習プロセス(過程)を辿ることになります。またある動作を達成させるためにはよい動作イメージが必要になります。運動学習プロセスの各位相と動作イメージの発達過程を簡単に表現したのが以下の図です。これは、1980年代から旧東ドイツで活用が始まり、現在でもドイツをはじめ世界各国で学習曲線の元になっている図です。主に人間の進化(発育発達過程)を基礎にした運動発達経過を示しています。図の縦軸は質的レベルを示し、上にいくほど上達していることを意味します。図の横軸は学習時間で、右に行くほど練習時間は積み重なっていくことを表しています。


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ゴルフに例えると、図の左下①習得段階では、ゴルフクラブを握ったばかりです。スコアにしたら約120以上でしょうか。この段階ではやればやるほどに上達していきます。初期上達とも呼ばれる段階です。この段階では図の点線が示す動作イメージと近似しています。始めたばかりでは良い動作イメージが形成されていません。経験がまだ浅いために、脳内にイメージとして保存されている運動記憶が質的にも量的にも未成熟なのです。他人のプレーや熟練者のプレーを見ても良いのか悪いのかを判断できない状態です。そのため、自分の理想とする動作イメージとの乖離が少ないため、この段階では「始めたばかりなのに結構打てる」などの感想を持った方も多いのではないかと思います。



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更に練習時間を重ね次の学習段階になると、より精緻な動作にするために②改善の段階に入ります。ここでは、初期上達は止まり、上達スピードはやや遅くなります。スコアでいえば、約120~90くらいまでがこの段階に相当すると思われます。つまり、多くのゴルファーはこの段階にいると予想されます。この段階で注意してほしいのは、動作イメージと実際が比較的乖離しています。練習時間も増え、プロや熟練者のプレーや動画を観る機会も増えていくと考えられます。自分と熟練者との動きの違いがわかり始め、よい動作イメージが形成されることで、実際と動作イメージが乖離します。この段階で多くの人が、下手になった感覚や他人と比べたりして自分は下手だと思ってしまう傾向にあるのです。しかしそれは、裏を返せばよい動作イメージが形成されているということになります。良い動作イメージは上達に欠かせないものです。よいイメージがなければ自分の理想のスイングに近づくこともできません。何も自分が下手になったわけではなく、自分の描くイメージから乖離したことがそのように思ってしまう原因だったのです。他人や自分のスイングを見た時にその良し悪しがわかるようになってきただけなのです。運動学習プロセスから言えば順調な過程を進んでいるに過ぎません。そもそも、動作イメージが実際より常に上回っているゆえに、実際がそれに少しでも近づいていくことが練習の意味です。



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この図が示すように“理想とするイメージ”を越えることは決してありません。もしも“越えた”と仮定すると、練習の目的を失うのです。人間の動きには全て、その目的があります。この図では②改善段階では、緩やかに上達に向かっていますが、実際の学習者本人が感じる感覚としては、もっと上がったり下がったりを繰り返して全く上達に向かっていないような感覚になります。更には、始めたばかりの頃より下に落ちている感覚すら持つ人もいるのではないでしょうか。しかも、ゴルフの競技特性上スコアはアップダウンがあり、持久系種目の競泳や自転車またはマラソンなどのように安定してタイムが縮まるような競技ではありません。この段階では、「学習の高原状態(プラトー)」という停滞も起こることが一般的で、なにも自分だけに起こる悲劇ではないのです。至って順調な学習プロセスを進んでいるだけなのです。ではどのように「学習の高原状態」を脱するか?答えは至ってシンプルです。横軸の練習時間を伸ばしていくことです。練習を増やすという意味もありますが、今まで同様に練習を継続していくことが大切です。スキルの習得には山あり谷ありですが、前進していくこと、つまりは少しでも練習時間を重ねることでスキル習得にはマクロの視野で見た場合には前進しているのです。誤解のないように付け加えると、もちろんただ闇雲に練習時間を重ねることをお薦めしているのではありません。それはより効率的な方法で行えば時間は短縮される可能性は高く、非効率な方法では時間が余計にかかってしまうというだけのことです。



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また、③安定化⇒自在化の段階に入ると、上達のスピードは更に遅くなります。各個人差は当然あるのですが、スコアは90もしくは80以下に入り、伸びしろ(トレーナビリティ)は、どんどん狭まってきます。このように上達の限界近くに達した時に再び、停滞期とか暫時的な質的低下が現れます。一般的にいうスランプといわれる状態です(④)。したがって、伸びしろがまだある状態での停滞はスランプと言わず、高原状態(プラトー)と言えます。スランプ状態もあらかじめ理解しておくだけで、自分だけにおこる悲劇ではないことは理解できます。むしろ上達過程ではほとんどの人が克服しなければならない厚い障壁なのです。



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改善の段階(②)で起きる高原状態の克服と比べたら、③の段階ではさらに質的にも量的にもスランプ克服のための工夫や努力を迫られることになるでしょう。また、その克服の仕方にも個人差があり、様々な考えがあり正解のない難しい過程だと思われます。だからこそ、この状態を克服した人は、更に上達の階段をステップアップすることが保証されるのです。

このような、学習曲線を実践でも理解する選手としてリディア・コーの語った言葉をご紹介します。2015年に女子世界ゴルフランキング史上最年少の17歳で1位を獲得した彼女は2018年時点で21歳です。彼女の時代は終わったと評価する人々も少なくないが、同年4月には約1年ぶりに勝利を収めています。彼女の信条としているラグビーニュージーランド代表選手の言葉「物事をかみしめること」を引用して次のように語っています。「物事をかみしめるように言いたい。すべては学習曲線と学習経験の一部なのだと」「私は常に学ぶことを心掛けている」現役の選手が学習曲線に言及していることは稀であり、今後の活躍を期待したい。


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引用文献
Hartmann, C., Minow, H-J. and Senf, G.:高橋日出二,綿引勝美, 上田憲嗣訳(2013)金メダルへの道しるべ 初歩の動作学 ― トレーニング学.レースマンメディア:p202-206







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エビデンスGolf(ジュニア編)